友達の詩 / 中村中 追加補足版
「友達の詩」を聞いた。何の先入観も無く、「中村中」と言う回文みたいな名前なので、「コミックソングかいな?」とさえ思っていた。すいません。
このアーチストも知らなかったし、カウントダウンの番組も最近流し見なので、未チェックだった。
谷山浩子を思わせるソフトで、ちょっぴりミルキーな歌声。
この歌は恋愛の歌だが、たいそう切ない。
恋愛に臆病になっているというか、恋愛を大切に思いすぎているというか。
最初はそう感じた。
♪
手をつなぐぐらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人は友達くらいでいい
2番では最後の部分が「大切な人が見えていれば上出来」とまで、後退してしまう。
こう書いてみると、とても後ろ向きな、消極的な歌であるような印象で、事実、私もそう感じていたのだが・・・。
♪
忘れたころに もう一度会えたら
仲良くしてね
と、聞くころには「おや?」と思った。
そして最後のサビを歌う中村中の声に心震える。
それまでのどちらかというとサビすら淡々と感情を抑制した歌声から一転。「大切な人は友達くらいでいい」と歌い上げるその声からは大切な人を失う悲しみが迫ってくる。
自分にとって大切な異性は、愛する人になりがちであるけれども、それはその人を失うリスクも伴うことである。
手をつなぐことさえ、並んで歩くことさえ危ういのである。
だからこそ、友達でいい。
深いシンパシーを感じ、心通じ合う異性を得ることはとても幸せなことであるが、それを恋愛にしてしまったら・・。そして失ってしまったら。
これは普通の恋愛での悲しみよりも、後悔の念が強くなる分つらいのかもしれない。
だからこそ、
♪
忘れたころに もう一度会えたら
仲良くしてね
と、歌うのだろう。
さて、中村中。 下の「中」はなんと読むのだろうか?w
なかむらあたる と読むそうだ。
で、この読み方が記事を書いた後に気になって、調べたわけだ。
そんでももって衝撃の事実。
中村中。
彼女は男性でした。
性同一性障害。
それを知った上でこの曲を聴いていたら、私の記事はまったく違ったものになったはずだ。
あえて、先の記事はほぼそのまま残している。
この事実を知って改めてこの曲を聴いてみた。
こうした色眼鏡は中村中本人は望んでいないかもしれない。
でもそういう色眼鏡を経てもなお、この曲は素晴らしい。いや、それどころか味わいを増した。
ただの女性アーチストが歌ってもいい曲なのは間違いない。しかし中村中が歌うことで、この曲には2つ目の命が息吹いたと思う。(当人の歌なのに・・・、変な言い方になっているなあw)
中村中の心は女性である。その女性の心が書いた曲であるから、大切な人を思う女性の心が描かれているのは当然である。そこまではおそらく私が最初の記事で受けた印象そのものなのであろう。
しかし15歳でこの曲を中村中が書いたと知り、聴く。
泣けてくる。
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